お金ー僕の黒歴史

僕がやらなければならないことについて、とても不満感を溜めこんでいる。皆がやらなければいけない、と言っているものに対して、強烈な反感を感じる。意味がないのではないのではないか?とすら思っている。

人間社会で必要なことの中で、お金、の比重があまりにも高くなってしまっている。お金を手に入れればなんとかなる、と思っている人が大勢いると簡単に想像できる。

実際、お金がなければ不便だ。というか、暮らすことすらできない。家はなく、食べ物も手に入らない。趣味ができなくて、とか、老後の心配以前に、人の暮らしでは、お金があることが前提として形作られている。

そんなお金の価値が、お金に対しての執着や制約を生み出している。お金がない生活を皆望まなくなる。今、平和に生きられればいいや、なんて絶対に言えなくなる。それで将来の生活がおぼつかなくなるならば誰も望まない。

気づけば、お金以外持っていなかった、と気づくことがたまにある。お金は多少なりともある。でも、それで一生生きられるだけあるわけではなく、働くしかない。一生生きられるお金は絶対に溜まらないから、働き続けるしかない。そう言い聞かせている僕を感じる。そうして、人生の価値を作るためにお金が求められる。人生の終わりに必ずお金が残るよう。

働くことに文句を言いたくもなる。お金のために働いている、としか言えない場面が多々ある。これをしなくてはいけないなら、お金なんていらない、と言いたいけど避けられない。

お金は制約だ。お金を求めるから、新しいことに踏み出せないことがどれだけあるか。潤沢なお金ではない、お金がなくても良い、という社会観が社会にあれば、どれだけ新しいことが生み出され、もっといい社会になるか、わからない。

ただやりたいから、やる、という単純な欲望は馬鹿扱いされてしまいかねない社会。そんな社会で生き続けたいと思わない。

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