安らげる場所ー僕の黒歴史

やすらぎの場所を求めている僕を発見した。そして、安らぎの場所はいまここである、という事実にも気づき始めている。

毎日に忙殺されている。何をやるにもいそがしい、と言う言葉となり、精神的には足元がおぼつかない。ふらふらのなか、必死に歩いている感じ。本当に頑張って、頑張って、毎日を乗り切っている。そして、どこかに安らげる場所はないか、探し求めている。

でも、どこにもないよう感じていた。あたりを見回しても、僕と同様にいそがしいといって頑張っている人ばかり。何かにがんばったり、あるいは人生や置かれた立場にうんざりしたり。いずれにしても、安らぎの場所にいる人はいない。

ふと思った。そんなやすらぎの場所は求められるものではないのではないか?世界の見方が違うから、発見できないものではないか?

ようは、今生きているこの瞬間ほど、安全を感じられる場所はない、ということ。精神的な本を読めばよく書かれている表現ではある。しかし、理解ができなかった。安全と感じられなかった。常に、慌ただしさを感じていた。

しかし、改まった気持ちで世界を見ると、徐々に客観的に見えてくる。いそがしい情景を見ながら、でも平和なのではないか?と感じてくる。僕を攻撃してくる人もいる。でも殺そうと狙う人はいなかったりする。そんな事実に気づくと、危なくない世界が見えてくる。

そう思うと、なんで僕は安らぎの場所を求めているのかわからなくなる瞬間があった。今こここそ、やすらげるといいたい。安らげるはずだ。頭が感じてきたことと現実のギャップは大きい。

ここまで書いてきたが、僕がそんなに成長したかと言えば、それは違う。あくまで、そんな禅の境地のような世界に入ってもおらず、垣間見たのみ。僕自身の精神的な鍛練を続けて、どこでも安心して僕なりに行動ができる、そんな風になりたい。

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