浪費する時間ー僕の黒歴史

一人、静寂を大切にしたい、と思うことがある。こんな時間、欲しくない時は膨大にあるのだけど、欲しい時になかなか持てない。仕事をしていない頃は、忙しさに憧れたりもしていたのだけど、忙しい時は、暇な時間が沢山ほしいと思ったりもする。本当に自分勝手だといつも思う。

一人の時間を有意義に過ごすことが、人生における最大の命題だと思っている。本を読む、映画を見ることで、暇つぶし、勉強ができるだけでなく、それらをしていない時に寂しさを感じずに過ごせることもまた、有意義な過ごし方だと思う。

そんな大切な時間、僕は遊んでしまっていることが多い。遊びたくないとしても、あとでやればいいや、と言う気持ちが高鳴り、結局やるべきことを後回しにしてしまうことが多々ある。こういうことを無駄な時間と理解していながら、止められない弱い自分がいて、がっかりする毎日だ。

僕は自分の弱さを理解しつつある。何かに中毒があるわけではないのだけど、中毒症状に近いものを感じることもままある。そういったことを感じている時、僕の理性は崩壊し、その中毒の方向に頭が向く。それしか考えられなくなる。やりたいことをやっている時も、もう少しもう少し、と長々とやり、最後に飽きて止めるのだけど、そこまでくるとやり疲れてしまい、やりたいことをやりたくてもエネルギーがない、という事態となる。

なんて無駄なのだろうと思うが、なかなか変えられない、残念な自分の存在を理解している。変えようとしても辛いだけなのだろう、と言うこともわかりつつある。

少しずつ自分を変える時、頭の中で理解する、と言うプロセスがなかなか進まない。論理的、感情的という2つの側面で進めて行かないと、本当の意味で変わることはできない。そういう意味では、日記を書くことは大切だと思う。日記で感情をしたためる。その中で論理的な矛盾点も解決できる。また、毎日書く中で、自分の小さい変化も気づくことができる。変わったという事実(認識)が、次の変化を生み出す、、、という良いループに入る。

日記を書いた方が良い、ではない。書いた瞬間燃してもいいから、皆が書くべきだ、と僕は考えている。そうしている中で、徐々に自分が理想とする方向へ変われるのではないか、と感じている。

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